naokoのグラーツ滞在日記

オーストリアのグラーツという街で半年間生活していた時の記録です。

旧ユーゴ

お土産シリーズ 旧ユーゴ


現在のブログ総訪問者数39540.
あと少しで40000かぁ。
続けるもんだなー。
こんな私でも。





ポーランドへの一人旅。
うまくいくことばかりではなかったけれど
思っていた以上に得られたものが多かった旅。


日本にいては、なかなか行けない場所へ。
次に選んだ場所は、旧ユーゴ諸国でした。

長距離バスを乗り継いで、国を、歴史を、人を。
巡る。
とてもよい旅でした。


クロアチア ドブロヴニク
魔女の宅急便のような海に浮かぶ赤い屋根
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ボスニア・ヘルツェゴビナ サラエボ
第一次世界大戦のきっかけとなった、オーストリア皇太子暗殺の現場。
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サラエボオリンピックの後、大きな戦争があった。
オリンピック跡地が、大きな慰霊碑になっていた。
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セルビア ベオグラード
NATO空爆跡 現在も生々しくその姿を残す。
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クロアチア ザグレブ
かわいらしい教会
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クロアチア 【ドブロヴニク】

風景ばかりみていて、お土産はほとんど見ていなかったこの町。

カラフルできれいな形の蝋燭がたくさん売っていた。出発直前の早朝に。
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クロアチア国旗だろうか
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アロマオイル。 ご当地のものではないだろうに。
一時は紛争で破壊されていた世界遺産。現在はだいぶ復興していて、美しい姿を取り戻していた。
こんなものをお土産にしている時点で、これから栄えていく観光地なのだろうと感じる。
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ボスニア・ヘルツェゴビナ 【スレブレニッツァ】


スレブレニッツァのジェノサイドの跡地。
あの紛争中。8000人以上の市民がほんの1週間程の期間に虐殺されたという土地。

旅日記はこちら

一日がかりだったが、長距離バスで慰霊碑へ。
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車もほとんど通らないこの町。慰霊碑の前に小さなお土産屋。
とてもお土産を買う気にはならないような場所だが。
当時の資料、文献が多く売られていた。それならわかるか。
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スレブレニッツァと書かれたTシャツ。とても着る気にはなれない。
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ボスニア・ヘルツェゴビナ 【サラエボ】

20年前 旧ユーゴの独立の際の紛争。
まだ、町並みには爪痕が残っていた。

旅日記はこちら 


紛争時の戦況図。サラエボ市内のもの。
これが、まだお土産として売られている。
彼らにとっては、これはまだ続いている出来事なのだ。
ネットでの事前学習では理解しきれなかったこと、この戦況図を見ることで、更なる理解につながった。
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サラエボ市内、
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これも、戦況図。旧ユーゴ全体のもの。
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サラエヴォオリンピックのマスコットキャラクターのグッズがまだ売られている。
30年前から脱出できていない、この都市を感じる。
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20年前の戦争であるが
まだ建物には、銃弾の後が数多く残されていた。
銃弾の跡があっても、この家には暮らせる。ということだろう。
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ただ、観光の中心となる場所はとても雰囲気があり、
面白い場所だった。

雰囲気のある石畳と、銅製品。
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手作業のレリーフがとてもかわいい。
コーヒーセット。
ボスニアでは、各家庭に1セット必ずあるものだとか。
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コーヒーを入れる容器。大きさがさまざまなのは、人数に応じて使い分けられるように。
大家族は大きいものを。
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コーヒー豆引き。
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食器と蓋  レストランでは、この蓋をして食事が運ばれてくるのが、嬉しい。
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かわいいスプーン
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お店で出てきたコーヒーの容器はシンプル
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木製品。
何かわからないけど、色合いがオリエンタルでかわいい。
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銃弾で作った、キーホルダーとペン。
これが、日常なのか。
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水たばこ
トルコとなんとなく似ているなー。
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かわいい!これ、すごく欲しかったのに、タイミングを逃して買いそびれてしまったもの。
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ドアの取っ手
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ピアス
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小物入れ
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ランプ
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伝統的な雰囲気のものは、どれも見たことがなく、オリエンタルでかわいらしかった。

ご当地Tシャツはいらないな…。
Iラブサラエボ,サラエボ五輪のキャラクター、コカコーラのパロディ、ボスニア語、ボスニア国旗。
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ご当地料理。
パイのような生地に肉やイモが包まれた棒状のパンのようなもの。
それを、下のような釜で焼く。
ブレドというもの。
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これを1人前買って、夜に宿で食べました。
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スーパーで。コーヒー豆もボスニア的なパッケージ。
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インスタントコーヒーも。
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ボスニア市内でたまたま出会った、スレブレニッツァの写真展。
常時開催されているものだったよう。

知らなかったのに、ここに入れたのは、運命的に導かれたような感じがしました。
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写真集も売っていたんだけど、1冊1万円。
とても重かったし、高価。

600円程度のポストカード集を購入しました。
写真展の写真は、どれも、その当時の、もしくは、現在にも残されているリアルな空気感が切り取られているようなものでした。

誰かに、記念に手紙を書きたくなるような写真ではなかったのだけれど、
ここで感じた衝撃を、気持ちを忘れたくなくて、購入しました。

あのジェノサイドで家族を同時に15人も失ったという女性。
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事件後の遺体を収めた棺。
これはほんの一部。
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国連スタッフの落書き。

国連 United Nation ではなく
United Nothingと。
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生と死
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同じくジェノサイドと認定された、ユダヤの虐殺。アンネの写真を見つめる人。
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生還した少年。
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ポーランドように観光の準備はあまりせず
到着してから、市内マップを入手して観光したような都市。

でも、面白い都市でした。





セルビア ベオグラード

ボスニアの隣国セルビア。

銃痕もなく、整備された、かなりきれいな町並み。

でも、観光名所やお土産はあまり見られませんでした。

セルビアというと、物騒なイメージがまだあり、人々は観光にはなかなか向かわないのかもしれません。

カラフルな靴紐。
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国旗。
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路上のお土産屋?
どれも、あまりぱっとしなかった。
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イスラム用の帽子だろうか。
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ジュータン。
いい雰囲気の柄ではあるが、ほしくはならない。理由はなぜなんだろう。
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駅にて。
なんとなく、セルビアを連想する服装の人形。
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クロアチア 【ザグレブ】

最後に寄り道した都市。

日本ではあまり知られていないけれど、クロアチアの首都。
ヨーロッパにも近く、近代的で、こじんまりときれいな都市でした。
半日でぶらぶら観光するのにぴったりな、面白い都市でした。

一番のお目当て、サンマルコ教会のポストカード。
上のサラエボと比較しても、明るい。
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今、思うと、日本では行こうとなんてさらさら思っていなくて
現地で急に思い立った土地。

これから、自分の人生で
再び訪れるのかもわからない土地。

そんな場所へ行けたこと。
今となると、なぜその決断が出来たのかわからないけれど

旅の神様が降りてきてくれたんだろうなー。


決断して、そして、準備して
行くことが出来て本当によかったです。


W杯初出場のボスニア と オシム監督

 W杯 盛り上がっていますね。


大会が始まったとき、私はまだオーストリア。

時差で、試合は真夜中3時からとか0時から。

結局、どれもニュースで見ただけ。


帰国してからは、ブラジルの骨折事件のあの試合とか、ブラジルが大敗したあの試合とか、アルゼンチンが決勝進出を決めたあの試合とか。

少しだけ見ています。



NHKの番組を見ていて、元日本代表監督をしていたオシムさんを特集する番組が。


民族共存へのキックオフ 「オシムの国」のW杯

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オシムさんは、日本代表の監督をする前は、グラーツのクラブチームの監督をしていて、チームをUEFAチャンピオンズリーグへ導いている。

そして、オシムさんはボスニアヘルツェゴビナのサラエボ出身。旧ユーゴの監督をしていたこともある。


そんな彼の目線から、ワールドカップに初出場のボスニアヘルツェゴビナを追う。というもの。



グラーツに住んでいた、そして、ボスニアヘルツェゴビナへ旅行をした、私は、なんとなく勝手に親近感を覚えていました。




2007年サッカー日本代表監督中、脳梗塞に倒れたイビチャ・オシム。故郷、ボスニアヘルツェゴビナのサラエボへ帰った後の、祖国での彼の活動は、日本ではほとんど知られていない。

そんなオシムの闘いを取材し続けたきた日本人がいる。彼の、今までの取材記録に加え、今回W杯に向けて動き出すオシムさんの取材で番組は構成される。



ブラジルW杯に、特別な使命を背負って出場する国がある。
出場32カ国中、唯一、今回初出場を果たす旧ユーゴスラビアの小国・ボスニア・ヘルツェゴビナ。

日本代表とユニフォームが似ている。と思う。どうでもいいですが。
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旧ユーゴ解体。

七つの国境
六つの共和国
五つの民族
四つの言語
三つの宗教
二つの文字
一つの国家

「ヨーロッパの火薬庫」 と呼ばれていた、バルカン半島。


不安定なこの国から、独立をしていく。


現在は、スロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビア、マケドニア

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人種がモザイク状にいり乱れる この地域
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現在から約20年前 独立の際には、戦争があり、とても多くの命が奪われたという。



24年前 オシムは、ワールドカップの舞台に立っていた。
イタリアW杯 ユーゴスラビアの監督として。



多彩なタレントが揃い、ドリームチームといわれたユーゴ代表。
当時のエースはピクシーことストイコビッチ。

しかし内情はとても複雑であった。
当時、民族主義が高まり、分離独立運動が激化していた。

サッカーは民族の代理戦争と化し、スタジアムでは暴動が頻発。
代表チームでも民族の利害がぶつかり、実力で選手を選ぶことが難しくなっていた。

そんな中、代表に就任したオシム。彼は、民族の圧力をはねのけ、実力で選手を起用した。
そして、チームをW杯へ導いた。

ユーゴ 対 アルゼンチン 
ストイコビッチのいるユーゴ、そしてマラドーナのいるアルゼンチン。
お互い得点はなく、PK戦へ。

もし負ければ、民族主義者からどのような攻撃を受けるかわからないプレッシャー。
オシムは、選手に問う。蹴りたいものはいるか?
挙手したのは、二人だったという。
その一人はストイコビッチ。そして、彼は、そのシュートを外した。
そして、ユーゴのW杯は終わった。


その後、ユーゴスラビアは内線に突入。
特に激しい戦い衝突が起こったのは、ボスニアであった。20万人の命が奪われたという。
そして、オシムはひとつの決断をする。
抗議のため、代表の監督を辞任。
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その闘いから20年。


民族ごとに独立した国家がある。

しかし、クロアチア人、セルビア人、ムスリム人。
民族が混在するボスニアは、ひとつの国の中で、ムスリム人とクロアチア人の地域とセルビア人の地域に分けられた。



平和を取り戻したかのように見えるボスニア。
しかし、現在も紛争の行方不明者の捜索は続けられている。
また、現在も人々の心の中には、深い溝が、傷が残ったままだ。


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現在、ボスニアの首都、サラエボ中心部。
ごく狭い範囲に、イスラム教のモスク、カトリックの教会、セルビア正教の教会が存在する。

この国家の、民族の状態を象徴しているように思う。



今回のブラジルW杯

初出場のボスニアヘルツェゴビナ

このことは、人々の希望となった

オシムの言葉
「長い間、何をやっても成功を手にすることが出来なかった。あの戦争(内戦)の後,全てが荒廃した中で、誰しも一生貧困が続くと考えていた時、サッカーが救いとなった。」



現在のサッカーボスニア代表選手たちは、当時の戦争を幼少期に経験したものが多い。
そして、オシムが率いたユーゴ代表に憧れた少年達だ。



ヨーロッパ予選を勝ち抜いていった、ボスニア代表。
主軸となったのは2人の選手。セルビア人の<ミシモビッチ>がゲームを組み立て、ムスリム人の<ジェコ>が決める。これがボスニア代表の闘い方だ。
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しかし、W杯出場には大きな壁があった。

ボスニアのサッカー協会は民族ごとに3人の会長がいた。2011年、国際サッカー協会が代表3人も乱立する限り国際試合への参加を認めないと通告。このままでは、W杯出場が出来ない。
そこで白羽の矢がオシムのもとに立てられた。
ここでも民族対立の壁が大きく立ちはだかる。とても難しい問題だ。


オシムは自分の民族を口にすることを好まない。
自身はクロアチア系の血を引き妻のアシマはムスリムだ。
どの民族かと聞かれれば自分は、サラエボっ子だと答えてきた。

不可能といわれた、この難題。オシムは、各会長のもとを訪れ、問題を解決へ導く。


セルビア指導者 ロディックのもとを訪れ、こう語りかけたという。
「サッカーはボスニアの宝だ。それをあなたは潰しても良いのか?」と。


オシムの力で参加を認められたボスニアはヨーロッパ予選で快進撃を続けた。



ムスリム人のエディン・ジェコ。国民的スターでボスニアのダイアモンドと言われる。エース・ストラッカー。
セルビア人のズビェズダン・ミシモビッチ。チームの大黒柱。絶妙の連係を誇るジェコとミシモビッチ。
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ジェコはこう語っていた

「僕らは、民族や名前なんて関係ないということを皆に示したんだ」



オシムはこう語る
「ボスニア代表は、民族の壁を越え、一つになるシンボルだ。サッカーは人と人とを結びつける。人は心の底では<共存>を望んでいる。このチームには、我が国の民族を再び結束させる力がある。そのためには、ワールドカップでの成功が必要だ。」



W杯 ブラジル大会

初戦の相手は、アルゼンチン。
結果は1-2 で敗退。
しかし、初出場のW杯での、歴史的な初得点。


試合には敗れたが
祖国の人々の声援はいつまでも鳴り止むことはなかった。




初出場 ボスニアヘルツェゴビナのW杯の成績



対アルゼンチン
1-2 で敗退



対ナイジェリア
0-1 で敗退


対イラン
3-1 で勝利 

このことが、ボスニアの希望に、前進する力になってほしいと思う。




自分の、興味と、勉強不足だと思うけれど

オシムさんがこんな重たいものを背負って生きてきた人だったと

全く知らなかった。

知っていたら、当時のオシムさんを見る目も大きく違っていたんだろう。

ま、あまり、興味もなく、にわかファンで試合を見ていただけだったんですが。







今年4月 

セルビア訪問時、目にした光景。

サラエボオリンピック跡地が内戦後の墓地となっていた。
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その慰霊碑のある、オリンピック跡地で、サッカーの練習をする選手達。
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ボスニアヘルツェゴビナ 訪問時のブログ → こちら

旧ユーゴ一人旅8日目 帰国 国境で倒れる!!

旧ユーゴ一人旅。

いよいよ帰宅。

長い旅というか、長いブログもこれで終わり。

今回が最終回です。





23:00発 ザグレブからグラーツへのバス。

3:30 グラーツ到着予定。
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一泊してもよかったけど、泊まっても朝早くて疲れるし

早くグラーツへ帰りたかったので、強行で帰ってくることにしました。 




ザグレブで不思議な出会いから老人二人とビールを飲みました。

二人の優しい雰囲気、楽しい時間。

ほろ酔いでいい気持ちです。



もう帰るだけだし、写真はないです。



早くターミナルに戻って

荷物を受け取り、バス内に持ち込む荷物と預ける荷物の整理。


ネットが使える場所なので、夫に無事連絡、ネットチェックをしたり

余ったクロアチア通貨で飲み物とかちょこっと食べ物を買ったり。



少し早めにバスに乗って、出発です。



ウィーン行きのバスなので、乗り過ごさないように気をつけなくては。

携帯のアラームをセット。

他の乗客の迷惑にならないように、静かな音のもので。



クロアチアからスロベニア。



何度も経験した、国境でのパスポートコントロール。

あと1回だけで終了です。

スロベニアは、シェンゲン協定国なので、スロベニア-オーストリアでのチェックはありません。



旅の疲れ、もう少しで帰宅という安心感、そして、ほろ酔い。


腰と首のクッションをセットし、すぐに寝ました。



国境。




国境にくると、運転手さんが、乗客に声をかけて起こします。

運転手さんから起こされるまでぐっすり。


はっと目を覚まし


バスを降りる階段。



ぐっすり寝ていたからか、いきなり血の気が引いたようになり

視界が突然消えました。

子供の頃によく経験した、お風呂上りの感覚。血圧が下がっている。

起立性低血圧。




そして、そのまま背中から階段を滑り落ちるように転落。



けど、あの厳しく恐ろしい雰囲気のクロアチアの国境。



ちゃんとパスポートを見せなきゃ。


立ち上がるんだけど、視界が消えて、頭の血管がぎゅーっと収縮して締め付けられるような感じ。


お酒飲んだからかな。
けど、まだ酔っ払っているとか、気持ち悪いとかそういう感じではない。



立ち上がっては、一歩進んで、うずくまり。



たぶん、異様な光景だったのだろう。



たぶんバスからチェックする窓口まで十数m


なんとかたどり着いてパスポートを見せますが、バスに戻ることも出来ない。



運転手も、他の乗客も


「医者を呼ぼうか?医者は必要か??」「大丈夫か?」と。



ここで、医者を呼ばれては家に帰れない。



一体自分のどこにそんな力があったのかと思うけれど。


「たぶん血圧が下がっているだけです。たぶん大丈夫。水分をとって横になれば大丈夫。血圧が下がっているんだと思う」



と。繰り返す。



バス運転手の支えでバスに戻ります。

少しだけ倒れる席のシートを倒し、残っていた水を飲んで、横に。


立たなければ別に大丈夫なんだけど。



いつもではないけれど、大人になってからも

温泉とかでこういう経験がある。

つい長風呂すると、ふわーっとしたり。

いつかジャスマックの脱衣所で、裸のまま、掃除のおばちゃんに、バスタオルかけられて、

寝てなさいと横にならせてもらったこととかあったなー。

あれは、夜勤明けだったんだろうか。




クロアチア国境は入国と、出国と二回バスから降ろされて、検査があるんんだけど

入国の審査は、立ち上がろうとしたら


運転手さんが

「代わりに行ってくるから寝ていなさいと」

パスポートを預かって、私の代わりに行ってくれました。



そして、私の水をチェック。

もうないじゃないかと。


今、全部飲んだというと


自分の手付かずの水500ml一本と食べかけの板チョコをくれました。
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優しい。



そして、また寝ました。



で、グラーツ。


到着したら、もう大丈夫。


立ち上がっても、ふらふらしません。



心配してくれて、何度も声をかけてくれた女性の乗客が起きていたようだったので


お礼を述べ


運転手さんにもお礼を言って。


バスを降り、家へ帰りました。


うちは、バスターミナルのあるグラーツ中央駅から徒歩数分。

本当に近い。

なので、真夜中の帰宅も可能。



帰ったら、夫は寝ているので

しずかに私も布団に入って寝ました。



ふー。

いろいろあった旅。


最後にこんな事件が待っているとは思いませんでしたが


無事、家に帰ってくることが出来ました。


おそらく、疲労。と安心。

初めてやること、失敗出来ないことが連続の毎日。

バスも宿も、前の町についてから、前日に予約していたから。

毎日歩き回る、知らない町。

緊張してすごしていたのだろう。

それに、目にする圧倒的な現実。

予想を超えるものも多かった。本物の場所が持つ迫力というか。

頭が、心が追いつかないというもの。

そして、これに乗れば帰れるという安心。だったのかなと。


けど、安心して、気が緩むのが早すぎましたね。



出発前は本当に心配だったけど

経験をつんで、ひとつまた、大きなり、強くなった。


そんな気がしています。


ずいぶん長くなった旅日記。

お付き合いありがとうございました。



グラーツ滞在の半分が過ぎました。



また、新たな旅に出たくなっています(・ε・)


旧ユーゴ一人旅7日目 ザグレブの人


クロアチアの首都 ザグレブ。

この旅で、各都市でいろんな人との出会いがあったけど

ここは通過するだけの都市。

何もないだろうと思っていたら。

ここでも印象的な人がいたので。



セルビアからグラーツへの帰り道。

バスの乗り継ぎ。

半日程度の待ち時間があったので、ぶらぶら待ち歩き。

その中での出会い。


観光を終えて、そろそろバスターミナルへ戻ろうかという頃。

おなかがすいたので、何か食べようかなと。

バスターミナルの近く。

半地下のちいさな飲食店。


入ろうかとガラスから中をのぞいたが、やっぱどうしようと迷っていたら

すれ違って、お店に入ろうとしたおじいちゃんが手招き。

なんとなく一緒に入ってしまった。


席につくと、もう一人のおじいちゃんも到着。


おじいちゃん2人と私の3人。

ビールを飲みます。




海外の親切な人には用心しろといいます。

スリだったりするからと。

この二人はそんな感じはしないけど

一応用心して。

荷物は体からぴったり離さず、膝の上。

ファスナーも体に向けて。手を当てて

貴重品は全て服の中、体につけてぶら下げてるし。

お酒も日本でのように飲み過ぎないように、少しだけ。

そして、ビールの瓶が開けられる瞬間を自分の目で見て

空のグラスにつぐところも見て。




陽気だけど英語が通じないおじいちゃん ジェリコ
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物静かでインテリジェンスが高そう そして英語ができるおじいちゃん 

ストレチコ
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たいして飲んでもいないのに
5分に一回ジェリコが
「かんぱーい」と。



そして、私とストレチコが英語で会話

という感じで時間が流れていきます。



私のことは気にせず、ジェリコとストレチコが会話していたりも。


二人は、この近くで働く自動車整備士さん。



私の状況を話すと興味深そうに聞いていました。

本物の日本人に会うのは初めてだと。



私は日本人であること、グラーツに半年間滞在していること

旧ユーゴを旅行していて、クロアチア、ボスニア、セルビアへ行ってきたこと。

これから、グラーツへ帰ること。



整備士さんのストレチコ。

日本の車はとても、性能がいいね。

ホンダはとてもいい会社だと。トヨタもスズキもいい会社だと。



日本は、行ったことがないけれど

東京の写真は見たことがあるよ。

あそこは人が多すぎるね。

誰に会っても、東京は人が多すぎるという感想を聞きます。

日本は物価が高いだろう。

暮らしにくそうだよね。



クロアチアはとても暮らしやすいよ。

ヨーロッパは綺麗だけれど、物価は高いかもしれないね。



と、物価比較開始。


チキンは何ドル/kg  ツナは何ドル/缶 豚は何ドル/kg


そうやって価格比較。どうして、ドルを指定してきたのかは謎です。
クーナが通貨のクロアチア。
ユーロはあまり馴染まないのかな??


私の最大限の知識。

日本が初出場したサッカーワールドカップ。

フランスワールドカップ。

たしか、クロアチアと対戦したなー。

と、思い出し。サッカーに興味ありますか?と。

まぁまぁかな。というので、そのエピソードを披露すると

ぜんぜん興味なさそうでした。ふーんって。感じ。

ま、興味持たれても、私もそれ以上広げるほどの情報は持ち合わせていなかったんですが。



クロアチアの公用語は、クロアチア語。
彼らも、クロアチア語を話しているとのこと。

聞いていると、ロシア語みたいな言葉も。

セルビアの青年も、セルビア語のアルファベットと発音を教えてくれたときに
これはロシア語に似ていると言っていたような。

「ロシア語に似ていますね。」と言うと、そうだよと言っていた。

私の知っている数少ないロシア語。数字。

「アジン、ドゥバ、ティリッチ、ティリ…」というと

ウォー!!そうそう。わかるのかい!?みたいな感じ。

コミュニケーションが取れるということはなんだかうれしい。



それにしても、英語の通じない陽気なおじいちゃん。ジェリコ。

あれこれしゃべっているけど、ぜんぜん意味はわかりません。

そして、ストレチコが、彼はハッピーだと言っているよ。

と、通訳してくれる。

その繰り返し。

ここに来る前から飲んでいたのか、こういう人なのかはわかりませんでしたが、

言葉も通じないのに、ニコニコしていて、すごく楽しそうだったし

乾杯とグラスを合わせたり、握手したり、ハイタッチしたり

そんなことで、すごく楽しく時間がすごせるのだなーと思いました。


まぁ、どっちにしても私の英語力では、

英語にしたってあまり多くのことは話せないのですが。


何ということもないんだけど、わいわいと本当に楽しい時間。




1時間くらい経ってからかな??

お調子者のジェリコには私の言葉は通じないし

ストレチコになら聞いてもいいかなと。




「もし、いやだったら答えなくてもいいです。

私は、この地域についてキレイな景色が見たいだけではなく、何が起きたのか。

自分で見たい、勉強したい。そう思って旅をしています。

クロアチアも独立するとき、戦争があったと聞きました。

この街も舞台になったと思います。

あなたも、その戦争を経験しているのですよね?」と。



ストレチコは、穏やかに少しだけ話してくれました


「全然いやではないよ。大丈夫。

戦争の時。この街も、多くの被害にあったよ。たくさんの建物が壊れたよ。

たくさんの血が流れたよ。

今は、ずいぶんとキレイになったよね。

大変な戦争だったよ」


と。自分自身のことは語らず、多くのことは語っていませんでした。

けれど、ゆっくりと一言一言かみ締めるように話していた彼。



思い出すものがあり

思いがあるのだろうなーと感じたのでした。



そして、私の質問を受け入れ

私にまっすぐ向いて

答えてくれたことが、嬉しかった。



夕食を食べていないと話すと、

この店は飲み物しかないんだよと。

そして、しばらく席を離れたストレチコ。

トイレかと思ったら、ピザを持って登場。

買ってきてくれたとのこと!!

おいしかったなー。
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バスの時間もあるので、少し早めにそろそろと。

お礼を言って、お店をあとにしました。

本当にいい出会いだったなー。

二人に感謝です。





旧ユーゴ一人旅7日目 クロアチアの首都ザグレブへ


旧ユーゴ一人旅も7日目

1週間。

そろそろ旅も終わりに近づいています。


見たいものはすべて見終わりました。

あとはグラーツへ帰るだけ。

けっこう遠くまで来ました。

直行で帰れるルートがないので、

クロアチアのザグレブで乗り換え。

せっかくなので、ちょっと寄り道して、ぶらっと観光していきます。


ルート確認
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本日の行き先

クロアチアのザグレブ

地味にクロアチアの首都です。


クロアチアは、最初にドブロヴニクへ行っていますね。


ザグレブは、人口80万人の古都。

小高い丘があり、緑に囲まれた町並みには、ゴシック様式、バロック様式の重厚な建物が多い。市街地を歩いていると、13世紀頃からの文化や芸術において、発展を遂げてきた、町の歴史を感じることが出来る。


こじんまりとした町並みは、半日で歩き回ることが可能と。


では。


セルビアの朝です。

ホテルの14階。

疲れていても、いろいろ見たいとなんとなく貪欲になっている。

早起きして、朝日を。

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今日は7時半のバスでクロアチアへ。

本日のホテル。

14ユーロなのに、朝食付き。

6時からなので、間に合いそう。

荷造りを終えて、6時から朝食を取って、すぐ出発です。


残ったお金。

ほんの少しなんだけど。使い切れなかったなー。

クロアチア。これは、今日これから使います。
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ボスニア。
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セルビア。縦型紙幣。
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朝食。久しぶりに普通のコーヒーだー。
コールスローとか、ドライトマトとか、オイルサーディンとか。スクランブルエッグとか。
野菜と魚。体にうれしい。
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街中に、よく見かけたアイスやさん。
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売店
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マック レトロ
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軍服の人の姿。けっこうみかけました。
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廃墟
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帰り道にもNATO空爆跡
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周囲に数人の軍服の人が見回りしていました。怖いなー。


右側の補修中の覆い。軍人のプリント。
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警察官の姿も
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徒歩10分くらい。ターミナル到着。

ボスニアでも見た、ブレド。
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お土産やさん
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セルビア ベオグラードのバスターミナル

バス乗り場への入場にはコインが必要

バスチケットを購入したときに渡されます
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さー、クロアチアのザグレブへ
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7時半発 13時着 5.5時間

けっこう距離があるのに、時間がかからないのは、高速道路が整備されているからだろう。

昨日もセルビアに入ってからの道があまりによくて驚いたから。


さようならー。

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ベオグラード郊外。

やたらピカピカの建物が多い

なんとなく、変なデザインですが
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バスの中

きれいで快適なシート
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中国製?
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休憩スペース
ボスニアと違って、すごくきれいな建物。
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キティ!
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ボスニアは本当に道が悪いのと、山道でくねくねしているので

乗っているだけでも、気持ち悪くなりそうな感じ。


セルビアは道が整備されていて、ぜんぜん揺れなくて快適。

いつか読もうと持ってきてきた文庫本を読みました。


山崎豊子の「沈まぬ太陽」

こういう機会でもないと、と思って、読み応えのある大作をそろえて来たんだった。

この考えさせられるばかりの現実の旅行。

そして、かなり考えさせられるこの作品。

面白いけど、頭の容量オーバーになりそうでした。




ザグレブバスターミナル到着。

初日に、ドブロヴニクへの乗り換えをしたターミナルです。

ちょっと寄り道して、このまま今日グラーツへ帰ります。

23:00発のバスに。チケットを買っておきます。
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ターミナル
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半日でまわれる街ということで、適当にぶらぶらします。

ターミナルに荷物を預けられるシステムがあるようで、大きなリュックは置いていきます。

ターミナル1階の降り場のあたりにカウンターがありました。

すごく安いので、預けることをおすすめします。



ここはEUなんだなー。
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町並みがヨーロッパ的です
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トラムが新しい
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日本車だ
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街の中心部の広場
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教会 工事中
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内部
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青空市場

活気があっていいです
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フルーツの香りがすごくいい。イチゴの甘酸っぱい香り。
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食べたかったんだけど1kg単位でしか売っていなかったので、買えず。
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分銅のはかりで計ってました。
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絵本やさん
日本でも見たことがあるもの。
「はらぺこあおむし」
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「かいじゅうたちのいるところ」
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コメディ劇場
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マネキンがださい
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小高い丘の上へ
展望等に上ってみた

さっきの教会
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丘の上にはケーブルカーでも登れるよう
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有名な教会

「聖マルコ教会」かわいいなー。
これが見れたので、もうザグレブの目的は達成されたようなもの。満足。

ミサの時間しか中に入れないようでした。
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特に気合も入っていない観光。

ちょっと気になった博物館へ。
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「失恋博物館」

世界中の失恋後に残された品々と、エピソードについて展示されています。
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ちょっとおしゃれ
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素敵なものもあったけど、くだらないものが多かったなー。

斧!!!

一緒に暮らしていた彼女が去った後、失恋の品の家具を、この斧で砕いたんだったかな。
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あーあという雰囲気がします
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アメリカ UNO
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ザグレブ スタンガン  怖っ!!
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ドレス
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悪い記憶の消しゴム
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ガイドブックには、日本語の、解説もあるとのことでしたが

博物館の内容が先月一新されていて、

まだ日本語の解説は作成していなく、ありませんでした。




ぶらぶらぶら。

外にテーブルを出しているおしゃれなお店が多い
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ワッフル。
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頼んでないのに、アプリコットジャムとチョコのトッピング。
お勧めだったのかな??
おいしかったけど、トッピングなくてもよかったなー。
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さっきの市場。

片付けし始めてました。
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トラムの後ろに車が渋滞
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チトー元帥広場

不安定極まりない旧ユーゴをなんとかまとめていた人

チトー

クロアチアも旧ユーゴでした。

チトー元帥広場にチトーの銅像とか一切ありませんでした。

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図書館 なんとなくハリーポッター的なフクロウ
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ちょっと不穏な落書きも
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図書館に寄ってみた

なんで入ろうと思ったのかわからない。みんな勉強していていい雰囲気。
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ぶらぶらしていたら、村上春樹
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日本のコーナーも
源氏物語
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俳句 阿部公房
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「GO」
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村上春樹
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日本大使館  日本の国旗だー。
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クロアチア国旗
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松があるんだー
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夕方。
何かちょっと食べて、バスターミナルに戻って、時間でもつぶそうかと。



ここに入ってみたいなーと思う、バスターミナル寄りの

通り沿い、半地下の小さな店があって。

覗いてみるといい雰囲気。



観光客相手ではなく

地元の人が来るのだろうなという感じ。


ただクロアチア通貨の残りが少なく、現地通貨の現金があまりなかった。
カードが使える店でないと。

カード表示がないからだめかなと店を離れたら、

すれ違ったおじいさん。

お店に入ろうとして、私を手招き。

一緒に入ろうと。

なんとなく一緒に入ってしまいました。

英語の出来ない陽気な雰囲気のおじいさんと、英語の出来る物静かなおじいさんの二人組み。

二人とビールを飲みました。

すぐに出ようと思っていたんだけど

すごくフレンドリーな雰囲気と、英語の出来るおじいさんの話がとても面白く

つい長居してしまいました。

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陽気な英語のできないおじいさん
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英語のできるおじいさん

インテリジェンスの高い感じ
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バスターミナルのすぐ近く。


早めにお店を出て、ターミナルに預けていた荷物を受け取り

グラーツへ向かうバスに乗ります。


ほろ酔いで気持ちがいいなー。

グラーツまであと少し。

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